世界のデータを保管する「Arctic World Archive」
前回紹介した、現代のノアの方舟「スヴァールバル世界種子貯蔵庫」。この貯蔵庫が置かれているスヴァールバル諸島には、もうひとつ、「Arctic World Archive」、通称AWAと呼ばれる貯蔵庫が存在する。
AWAは、2002年に「Piql」と呼ばれるノルウェーの企業によって発足したデータ貯蔵庫だ。種子貯蔵庫と同様、いずれ訪れるかもしれない「世界の終末」に備えて、世界中のあらゆる貴重なデータを厳重に保管している。
スヴァールバル諸島の永久凍土の中に造られたこの貯蔵庫は、電気がなくてもデータの保管に必要な氷点下の温度を保持することができる。さらに、地下深くに置かれているために、もし戦争が起こったとしても被害を受けるリスクが低いと言われている。
この貯蔵庫に保管されているデータのジャンルは実に幅広い。例えば、古代の写本や政治史や、IDA化石や宇宙探査の歴史といった文献をはじめ、ノルウェー民話集やイタリア映画などの芸術作品などが挙げられる。
永久凍土に守られたこれらの記録は、この先どんな自然災害や戦争が起こったとしても、未来の世代に受け継がれていくだろう。
「オフライン」でデータを保管する技術
さて、ここで注目したいのは、それらのデータの保管方法だ。
データと聞くと、オンライン環境の中で保存されると思いがちだが、この貯蔵庫では、Piqlの技術によって全てアナログに変換され、フィルム媒体として保管されている。
というのも、ハードウェアやクラウドなどといった保存方法では、セキュリティーの問題はもちろん、プラットフォームの移行にかかる費用などの問題や、さらに遠い未来で再びアクセスができる確証がない等の懸念点が多い。故に、世界の貴重なデータを貯蔵するのには適さないのだ。
一方、物理的に残るフィルムであれば、より効率的で、遠い未来での再アクセスも可能だ。さらに、ネットに接続しないため、サイバー攻撃や不正アクセスといった被害を受けたり、改ざんされると言った心配もない。
Piqlはそのフィルムを使い、データをQRコードに変換し、それをフィルムに書き込むという技術を生み出した。これにより、より効率的・長期的にデータを保存することができるのだ。
この保管されたフィルムは、Piqlが開発した「piqlReader」という専用の機械で読み取ることが可能だ。これによって、貯蔵庫に保管されているフィルムのデータを読み取り、再アクセスすることができる。
この革新的な技術とスヴァールバル諸島特有の気候を組み合わせることで、AWAは人類の記憶を何百年後も保つことができるのだ。
去年、新たに寄託されたデータ
そんなAWAに、去年新たに、Microsoftの傘下で、ソフトウェア開発のプラットフォームである「GitHub」からデータが貯蔵された。
というのも、2019年にGitHubは、世界のデータが消失の危機の瀕した時のために、世界中のソフトウェアをアーカイブするための「GitHub Archive Program」と呼ばれるプロジェクトを発表した。
その一環として、GitHubは2020年にAWAへデータを寄託する「GitHub Arctic Code Vault」という計画を行なった。寄託されたのは、GitHub上に公開されている全てのコードのデータだ。
そもそもGitHubとは、ソースコードを共有するプラットフォームだ。コードは、全てリポジトリというデータを保管しておく場所に入れられている。
そのリポジトリを共有することで、複数のユーザーがコードを共有し、効率よく作業を進めることができる。
今回GitHubからAWAに寄託されたのは、そのリポジトリのスナップショット。
スナップショットとは、リポジトリに保存されている状態のコードをそのまま写しとったもののことだ。
つまり、GitHubは、公開されている全てのリポジトリのスナップショットを取り、それをフィルムに写しとったものをAWAに貯蔵したのだ。そのリポジトリの数は、約6000個と言われている。
これによって、現在までの技術やソフトウェアの進化は1000年以上保存され、アーカイブされる。もし今日までのデータが失われるようなことがあっても、貯蔵されたデータをバックアップすることで復活できるというわけだ。
人類が存在した証拠となるAWA
世界の歴史や文化、芸術、ソフトウェア技術など、様々なデータを保管しているAWA。それは、たとえ「世界の終末」が訪れてたとしても、将来の世代のために世界の貴重な記憶を残し、紡ぎ続けていくためのものだ。
さらに、この貯蔵庫があることによって、もし人類が滅亡したとしても、人類が発展させてきた文明はもちろん、私たちが存在していたという事実は消えない。
SFの中だけの話のように思えるが、実際に、世界はその日に備えて準備を進めている。
(TEXT:Sachi Yamaguchi)