スヴァールバル諸島に開発された、もうひとつの施設
北極海に浮かぶ、スヴァールバル諸島。これまで紹介してきたように、この島には、世界中の種子を保管している「世界種子貯蔵庫」と、世界中のデータを保管している「Arctic World Archive(AWA)」の2つの貯蔵庫が存在する。
いずれ訪れる人類滅亡の危機に備えるためだ。
そんな人類の未来を守るこの島に、新たな施設が開発されている。それは貯蔵庫ではなく、「The Arc」と名付けられたビジターセンターだ。
種子貯蔵庫やAWAに貯蔵されている種子やデータは永久凍土の奥深くに保管されており、一般には公開されていない。
そこで、この施設では、スヴァールバル諸島の特徴、そして種子貯蔵庫とAWAのコンテンツが展示され、一般公開される。
そのため、施設へ行けば誰でも貯蔵庫に何が保管されているのかを実際に見ることができるようになる。
The Arc の内部
The Arcは、その内容はもちろんだが、建物自体のデザインも見どころだ。
永久凍土が広がるスヴァールバル諸島の冷たい色調からインスパイアされたこの施設は、雪に覆われたような色合いで風景に馴染んでいる。
デザインはシンプルだが、そのダイナミックさにより圧倒的な存在感を放っている。
この施設は Snøhetta (スノヘッタ)によって設計された。スノヘッタは、この施設以外にも、ノルウェー最大の文化施設であるオスロ・オペラハウスや、エジプトの新アレクサンドリア図書館の設計などを手掛けていることで有名だ。
そんなThe Arcの内部は、エントランス棟と展示棟の2つに分かれている。
エントランス棟には、ロビーやチケット売り場、ワードローブ、カフェなど、訪れた人びとに向けた機能が備わっており、前回取り上げたAWAの制作施設や技術室なども造られている。
また、エントランス棟のデザインには燃やした木材とダークガラスのパネルが使われており、屋根にはソーラーパネルが設置されている。
展示棟に繋がっているアクセスブリッジはガラス製で、スヴァールバルの壮大な景色や展示棟の外観を一望することができる。
展示棟は小さなエントランス棟とは対照的に、ダイナミックにデザインされているため、実際に本物の貯蔵庫に入るような体験ができるという。
さらに、続く展示棟では、室温が4度に保たれ、本物の貯蔵庫に入っているような感覚を味わうことができる。
そこには、ムンクの美術コレクションやバチカンの1500年前の写本、世界最大の種子のコレクションといった様々なコンテンツが保管されており、VR体験やデジタルプロジェクションを通じて閲覧することができる。
また、展示棟の中央には講演やセレモニーなどに使われる「セレモニールーム」という空調設備の整ったホールも存在する。
そしてこのセレモニールームの中心には大きな落葉樹が1本置かれており、スヴァールバルにかつて生育していた植物を表している。
現在よりも気温が5〜8度高かった5,600万年前のスヴァールバルでは、ニレや白樺、菩提樹や栗などの広葉樹が生育していた。
このまま地球温暖化が進めば、わずか150〜200年でこれらの植物が再び生育するほど温度が上がる可能性があるという。
つまり、このセレモニールームの中央に置かれた落葉樹は、過去の象徴であると同時に未来に向けた私たちの行動を促す生きた象徴なのだ。
The Arc が私たちにもたらすもの
刻々と変わる地球環境。その中で、私たち人類がいつまでも住み続けることができるという保証はない。
2022年に完成予定のThe Arcは、そんな地球の過去と未来を暗示させるしている1本の木と、閉ざされた2つの貯蔵庫を再現することで、人類の歴史や資源を未来の世代のために保護する、という私たちの責任を示すシンボルとなり得るだろう。
(TEXT:Sachi Yamaguchi)