コロナ禍で再注目されている「防護服」
依然として、収束の気配を見せない新型コロナウイルスによるパンデミックが続いている。このコロナに関するニュースは連日報道され、今や日常の一部と化している。
そんなニュースの中で、重症者の看護に当たっている医療従事者の姿を見かけることも多いだろう。そこで注目したいのは、彼らが身に纏っている「防護服」だ。
新型コロナウイルスのパンデミックを皮切りに、この防護服は以前と比べて一層注目を集めるようになった。
新型コロナウイルスが出現した当初、発生源と言われている中国では、医療従事者だけでなく一般の人々も防護服を着ているのが見受けられた。
実際に、2020年の11月頃には、成田空港に到着した中国人のビジネス関係者が防護服を着ているのが目立ったという。
ファッション業界でも、2020年にルイ・ヴィトンやアルマーニが防護服の生産を開始し、パリの病院や医療従事者に提供するなどの動きが出ている。
他にも、愛知県のテントメーカー業界が医療用ガウンを量産するなど、ファッション業界だけに限らず、様々な業界で防護服不足に対して動き出している。
コロナの流行は止まることを知らず、変異株が次々と出現してきている今も、防護服の需要は高まるばかりだ。
そんな防護服が活躍しているのは今だけではない。古代から現代まで、人類は幾度もウイルスと対峙し、パンデミックを乗り越えてきた。
その長い歴史の中で、人類は身を守るために防護服をアップデートして身に纏うことで、ウイルスの感染から身を守ってきたのだ。
防護服の歴史を紐解けば、私たちがいかにして、様々な感染症を乗り越えてきたかが分かるだろう。
それは、今人々を感染から守ってくれている防護服のこれからの可能性と、コロナ禍の中で先の見えない不安に打ち勝つためのヒントを教えてくれるかもしれない。
17世紀に流行したペストと当時の防護服
防護服の起源は、17世紀にヨーロッパで流行したペストまで遡る。
ペストとは、ペスト菌による感染症で、リンパ腺の腫れや高熱、頭痛などの症状が出るという。
また、同時に皮膚が黒く変色する症状から、別名「黒死病」とも呼ばれている。現在では、感染症の中でも最も危険性が高い1類感染症に分類されている。
このペストは幾度も世界中で流行を繰り返しており、540年に起きたパンデミックでは最大で1日1万人、14世紀に起きたパンデミックではヨーロッパの全人口の約3分の1が命を落とした。
さらに、17世紀におけるイギリスのパンデミックでは、7ヶ月で10万人のロンドン市民が死亡した。
蔓延を防ぐ方法として、感染者は強制的に家に隔離され、家のドアには赤い十字架と “Lord have mercy upon us.”(主よ、私たちを憐んでください)という言葉が書かれたという。
こうした感染者を治療する医師は、肌を露出しないために、オーバーコートやブーツ、レギンス、手袋、フード、そして鳥のクチバシを象ったマスクを身に着け、全身を覆っていた。
これらはどれもレバントモロッコといった硬くて厚い革が使われており、その革には体液が着くのを防ぐためにワックスが塗られていたという。また、クチバシのマスクは金属で作られ、クチバシの先にはドライフラワーやハーブ、スパイスなどを詰めていた。
当時の人々はペストの原因は、腐った物質や悪臭によって空気が汚染されるという「瘴気」であると考えていたことから、それらが浸透しないようにこうした防護服を身に着け、患者の治療に当たっていた。
この考え方は、17世紀後半に細菌が、19世紀にはウイルスが発見されたことで既に否定されている。そのため、この防護服は現代のものほど高機能ではなく、欠陥も大いにあった。
しかし、裏を返せば、まだ病気の原因がウイルスではなく「瘴気」であると信じられていた頃から、人々は感染者を隔離し、防護服を身に纏って自分が病気にかからないようにするという方法を考えてきた。
それは、現代の私たちを感染症から守る基盤となっていると言えるだろう。
コロナの脅威から人々を守るタイベック®の技術
瘴気の正体として、細菌やウイルスが発見されてからは、医療従事者は白いガウンやマスク、手袋などを装着して感染症患者の治療に当たってきた。
例としては、100年前に世界中で流行したスペイン風邪が代表的だろう。この頃には、現代にも似通った防護服が使用されていたようだ。
そして現在、防護服は以前よりも遥かにアップデートされ、コロナの脅威から今日の医療従事者を守っている。
感染が拡大するにつれて様々な防護服が使われているが、中でも「タイベック®」という素材を使用した防護服が代表的だろう。
これは、アメリカのデュポン社が独自に開発した不織布で、防護服はもちろん、建築資材や印刷、農業用資材、トランスカバーなどにも使用されている。
このタイベック®は主に、バリア性・耐久性・快適性のバランスに優れているのが特徴だ。
従来の織布とは違い、100%ポリエチレンでできた極細の繊維をランダムに、何層にも重ね、熱と圧力でシート状にしている。
これにより、細かいウイルスを通さないバリア性と、引き裂かれや摩耗にも強い耐久性を備えている。また、極細の繊維の間に非常に細かい隙間があることで、通気性をも確保することができるのだ。
さらに、素材自体がとても軽く、保管する際の体積がとても小さいため、備蓄する際もかさばらず、スペースの無駄を省くことができる。
また、リサイクル可能なポリエチレンでできているこの繊維は、燃やしたとしても水と炭酸ガスに分解され、ダイオキシンなどの有害ガスが発生しない。そのため、汚染されていなければそのまま焼却して捨てることができるという。
こうした側面から、人間だけでなく、環境にも配慮するサステナビリティへの適応性も感じられる。
ペストの時代から現代まで、人類は感染症と対峙する度に防護服をアップデートし、感染症から身を守る方法を模索してきた。
そして新型コロナウイルスのパンデミック下である現在も、着用中の熱ストレスを軽減し、熱中症を防ぐことができる防護服が開発されるなど、技術のアップデートは進んでいる。
ウイルスへの不安と恐怖に打ち勝つために
昨今においては、新型コロナウイルスの変異株が出現し、世間を騒がせている。こうした予期せぬパンデミックにより、人々のウイルスに対する恐怖心は以前より大きくなったと言える。
新型コロナウイルスが終息したとしても、そこからまた新たなウイルスが出現しないという保証はどこにもない。
現在のパンデミックにより発達した防護服は、きっと、これから起こりうる新たなウイルスから私たちを守ってくれるはずだ。
そうした先の見えない不安と、新型コロナウイルスが終息した後も残るウイルスへの恐怖。防護服から伺える人類の技術の進歩は、そんな私たちの不安や恐怖に打ち勝つための道しるべとなり得るはずだ。
(TEXT:Sachi Yamaguchi)
参考資料
- LOUIS VUITTON 公式HP『ルイ・ヴィトンが医療用防護用品を製作』
- 繊研新聞社『アルマーニ イタリア国内の全工場で防護服生産へ』
- 日刊工業新聞『新型コロナ/医療用ガウン生産、急ピッチ 愛知のテント・シートメーカー奮闘』
- 大幸薬品 公式HP『人類を脅かす感染症のパンデミック(世界的大流行)』
- 大幸薬品 公式HP『日本における感染症対策-感染症法-』
- HISTORY『How 5 of History’s Worst Pandemics Finally Ended』
- Tales of Times Forgotten 『Plague Doctor Costumes Were Actually a Good Idea』
- 勇心酒造株式会社『微生物の発見』
- 大阪大学蛋白質研究所 公式HP『ウイルス研究と生物学』
- タイベック公式HP