コロナの影響を受けつつも、名が廃れることのない深圳
中国の深圳(シンセン)という街が経済特区に指定されてから、昨年で40年が経った。昨今の新型コロナウイルスの影響を受けつつも、その名は未だ廃れていない。
深圳と言えば、中国南部の広東市という場所に位置するデジタルの最先端の都市だ。もともと人口30万人ほどの小さな漁村から、40年間で42倍の1300万人を超えるほどの大都市となったことでも有名である。
通称「アジアのシリコンバレー」とも呼ばれる深圳は、世界的なドローンメーカーであるDJIや世界最大手である通信設備企業のHUAWEIをはじめ、Royoleやテンセントといった世界的にも有名なIT企業が生まれた都市でもある。
また、この都市では現金が使われることがほとんど減り、代わりにQRコードを使用したスマホ決済が主流になっている。その普及ぶりは、今や路上にいる物乞いまでもがQRコードを印刷したカードをぶら下げていると言われているほどだ。
そんなデジタル都市・深圳に住む人々の平均年齢は32歳と非常に若く、65歳以上の人口はわずか2%。さらに、大企業だけでなくスタートアップ企業も多くあることから、若者にとって起業の天国であるとも言われている。
深圳が発展するきっかけ
しかし、もともと漁村だった深圳は、どうして40年間でこれほどまで発展したのだろうか。その理由には様々な背景が存在するが、その中でもよく挙げられるのが、中国の「模倣」文化だ。
世界でも有名な中国の「模倣」文化は、日本ではいわゆる「パクリ」と呼ばれることが多い。実際に、日本で生まれたアニメのキャラクターや自動車とそっくりなキャラクターや自動車が中国で生産され、売られているのを見たことがある人も多いだろう。
「パクリ」と聞くと、知的財産権を侵害するネガティブなイメージが先行するが、中国の人々にとっての模倣はポジティブな側面も持つ。というのも、中国の人々が考える模倣とは、ネガティブなイメージを持つ単なるコピーではなく、模倣した先にイノベーションを起こすことまでを見据えたコピーなのだ。
では、この模倣文化は、深圳の発展にどのように影響してきたのだろうか。
それには、1990年代以降から、中国が「世界の工場」としてサプライチェーンの拠点であり続けてきた歴史が大きく関わっている。
深圳の原点とも言える「大芬村」
中国にとっての「模倣」を代表する例として、大芬(ダイフン)村という村が挙げられる。
深圳の中心から少し離れた場所に位置するこの村は、著作権が切れた、世界の有名な絵画を模倣した複製画を年間100万枚以上生産する村として知られている。
大芬村が複製画の村となったのは、1980~1990年代に香港の画商人である黄江氏という人物が村に訪れ、複製画を描く「画工」を招いて複製画の工房を開いたことがきっかけだ。
ここから多くの画工が集まり始め、2019年の時点では8000人の画工がこの村に住んでいたと言われている。
主に複製画を生産していた大芬村だが、近年では複製画からオリジナル作品へ転換する動きが出てきており、オリジナルの油絵を描く「画家」も多く生まれている。
というのも、深圳では「画工」と「画家」ははっきりと区別されており、複製画のみを描く「画工」から「画家」になるためには、深圳市の公募展にオリジナルの作品を出展し、3回入選しなければならない。
大芬村に集まっている画工は、初心者レベルから美術学校を卒業した上級者レベルまで様々であるため、複製画を通して絵の技術を磨き、画家になろうとしている絵描きにとって、まさにうってつけの環境と言えるのだ。
そうして「絵画コピーの村」から、模倣した先に「画家を育てる」ことを見据えた村と変化しつつあった大芬村は、近年の複製画の需要の低下と新型コロナウイルスの影響を受けて衰退の一途を辿っている。
以前絵を描く人々で溢れていた路地にはほとんど人影がなく、多くの絵画ショップが閉店し、政府による支援がなされているようだ。しかし、その支援があったとしても、大芬村が以前のような活気を取り戻すことは難しいだろう。
今まで深圳を支えてきた「世界の工場」の終焉
大芬村に象徴的に見られた「模倣」文化は、中国では「山寨(サンサイ)」文化と呼ばれている。この山寨文化に則ったビジネスは絵画だけではなく、電子製品にまで及んでいるのは有名な話だろう。
例えば、山寨機と呼ばれる違法に製造されたメーカー不詳の携帯電話のことで、iPhoneを模倣した偽物が有名だ。
この山寨機市場の中心地だったのが、深圳の華強北(フアチャンベイ)と呼ばれる場所だ。華強北は世界最大の電気街として知られており、深圳の秋葉原とも言われている。
しかし、現在では秋葉原を優に超える電気街となっているようだ。規模の大きさは秋葉原の30倍とも言われ、以前では1日に約50万人、多いときには1日に80万人が世界中から訪れるほどの街だったという。
この山寨機ビジネスは、現在では知的財産権の問題で廃れてしまっているが、このビジネスにこそ、深圳が発展した理由が含まれている。
彼らは海外から新しい製品が生まれると、すぐにそれを取り込み、分析し、コピーする。さらに、それに止まらず、彼らはそこでコピーした製品をベースにオリジナリティを加え、さらにアップデートしようとする。
大芬村と同様に、こうした文化が深圳の華強北を繁栄させてきたと言えるだろう。
さらに、注目すべきは彼らの山寨文化だけではなく、ものづくりのスピードだ。経済特区に指定されたことにより、深圳は設計から出荷までを高速でできるようになった。その速さは、「深圳の1週間はシリコンバレーの1ヶ月」と言われるほど。
山寨文化に加え、「世界の工場」と呼ばれるほど世界のものづくりの中心地となったことで、深圳は猛スピードで発展していったのだ。
しかし、現在においては、その「世界の工場」は終焉を迎えていると言われている。というのも、現在では中国以外にも、インドやベトナムなどで製造のエコシステムが形作られてきているのだ。
それに加え、新型コロナウイルスの影響で、多くの企業がサプライチェーンの見直しを求められている中、世界で脱中国の動きが出てきている。
鴻海精密工業の劉会長は、こうした世界の動きを踏まえて、中国の「世界の工場としての日々は終わった」と述べている。
デジタル領域に足を踏み入れた深圳の現在
これまでの過程を見てみると、大芬村や山寨機などに見る山寨ビジネスやそれに基づく中国の「世界の工場」としての役割は衰退しつつある。そして、現在の深圳はものづくりに取って代わるように、デジタル領域へと足を踏み入れている。
代表的なのは、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための「健康ID」というアプリだろう。これは、自分の健康状態を入力したり、どこかへ訪れた際に置かれているバーコードをスキャンし、行動経路を検知したりすることで感染リスクを図るというもの。
これによりアプリ上で自分が感染しているかの危険度が「緑」「黄」「赤」の3段階で表示され、公共交通機関や様々な建物に入る際にその画面をチェックしてもらうという仕組みだ。中国の感染拡大が押さえ込まれたのは、こうした「デジタル通行手形」のおかげだと言われている。
また、昨年登場した第5世代移動通信システム「5G」においても、中国はどこの国よりも早く導入し、現在中国で出荷されているスマートフォンのうちの80%が5G通信に対応しているものだという。
その中でも、深圳市では昨年の8月に5Gを市内全域で完備し、建設済みの5G基地局は4万5000カ所を超えている。この基地局数は、以前中国が計画していた期間より1ヶ月前倒しで達成された。
さらに、同時期に開通した新しい深圳地下鉄や、わずか10日間で建設された新型コロナウイルス対応の仮設病院でも、5Gが自由に使えるように完備されているという。
深圳の「新しいものを即座に取り入れる」という姿勢は、デジタルの領域でも健在のようだ。
デジタルの街、深圳が急成長した理由
一見すると、現在の深圳は、模倣を土台にビジネスとして成功していた大芬村や「世界の工場」としての役割から脱し、デジタル領域に完全に移行しているように見えるかもしれない。
実際に、大芬村は現在廃れつつあり、「世界の工場」も終焉に向かっている。複製画や山寨機の時代は過去の遺物として扱われ、「無駄だった」とも捉えられるだろう。
しかし、そんな意見を払拭するとも言える例がひとつある。それは、昨年行われた、深圳の経済特区の成立40周年を記念するライトショーにあった。
音楽に合わせて、深圳に立ち並ぶ1000を超える高層ビル群がそれぞれに連動し、映像が流れている。
このショーではカーテンタイプの特殊なLEDが使用され、一つひとつの高層ビルがディスプレイとなって壮大な映像を流すことで、深圳の街全体がひとつのイルミネーションとなっているかのような演出がなされた。
これは、決してデジタルの領域だけでは行うことはできない。深圳が持ち続けてきた、高速でものづくりを行う「世界の工場」としての能力や、それを支えてきた「山寨」文化が土台となり、デジタル領域で大きく成長できているのだ。
言うなれば、深圳はデジタル領域に完全に移行したのではなく、物理的にものを作る技術と、他国を模倣することで作り出したオリジナルのデジタル技術を融合させている。そして、この融合こそが、深圳が現在も発展し続けている理由と言えるだろう。
急速に発展するデジタル技術。その技術を即座に現実社会へ実装することで、イノベーションを起こし続けている深圳。
そんな中で、現在ではG7サミットで「脱中国依存」戦略が協議された他、アメリカがHUAWEIに対する部品供給を中止するなど、中国企業に対する制裁措置が行われている。だが、それらが円滑に進むかは未だ不透明だ。
こうした「脱中国」の動きが起きている中、深圳はこれからも勢いを落とすことなく、IT最先端の街として世界を牽引していくことができるのだろうか。
(TEXT:Sachi Yamaguchi)
参考資料
- 東洋経済ONLINE『中国のキャッシュレス「物乞いまで」浸透した訳』
- 日本経済新聞『模倣と違う「イノベーションなき」サムスンのものづくり』
- DIAMOND online『8000人の画家が住む深センの絵画村が年700億円を稼ぐ理由』
- DIAMOND online『中国・深センの「年700億円を稼ぐ絵画村」がコロナで大損した理由』
- 章璐, 黒田 乃生『深セン市における大芬油画村の変遷』
- Gigazine『名作絵画の複製を大量生産する中国の巨大コピーアート産業「大芬村」の過去・現在・未来』
- 日刊興業新聞『【電子版】中国イノベーション事情(10)経済特区深センの変貌(上)』
- ASCII『山寨機の聖地にして世界最大の“電子街”「深セン」』
- 山口銀行公式HP『中国のシリコンバレーと呼ばれる「深圳しんせん」について』
- PRESIDENT Online『日米「脱・中国工場」で瀕死の習近平…トランプがTikTok、WeChat禁止令でとどめ刺す』
- Travel voice『中国ネット大手テンセント社が仕掛ける「スマートシティ構想」、中国各地で加速するスマート化の状況を聞いた』
- ASCII『5Gが使える地下鉄路線、深セン地下鉄「ファーウェイ駅」が8月18日に開業』
- 36Kr『深圳、5G基地局数が世界一 当初計画を1カ月前倒し』
- DG Lab Haus『中国テック 新型コロナ対応で本当にすごいのはここだ』
- NEC公式HP『「健康」は最も重要な個人情報 新たな段階に入った中国の個人情報管理』
- LED TOKYO公式HP『中国の「LEDマッピング」が衝撃的な美しさ…「マッピング」技術の新たな可能性とは』
- ヤッパン号『深センって何がすごいの?「中国のシリコンバレー」深セン(深圳)入門』